■長い坂のゾンビ


 長い長い坂の上に学校があるので、毎日長い長い坂をのぼらなければいけないのだった。
 雨の日も風の日も、もちろん強い日の照りつける日もあって、かといってそれらが理由で学校が休みになることなどほとんどないので、やっぱり毎日息を切らして坂をのぼる。家に帰っても特に開くでもないのに毎日律儀に持ち帰ってしまう教科書の類の入った通学鞄が重たくて、右に左に持ちかえては、痛む腕を振り振り歩く。こんな重い思いして学校通って、将来何かの役に立つんだろうか。なんてことはすでに何十回となく考えているので今さら考えたくもないのだけれどもやっぱり考えてしまう。アア、連立方程式よ! 日本国憲法よ! 方丈記よ! オームの法則よ!この中で自分の長い長い(と続くように願いたいものだが)人生に多少でもかかわるものといったら憲法くらいのような気がするが、たぶんそんな迷いや選択は我々中学生には許されていないのだ。と、思うほど実は勉学に身を入れているわけでもないのだけれども、思うのは自由なのでそう思わせていただきたい。本当は友だちとの人間関係だの、朝うまくまとまらない髪だの、にきびができただのできないだの、そっちの方がよほど重要だったりそうでなかったりするのである。そんなどうでもよかったり重要だったりすることを抱えながら、我々は毎日気だるい顔して坂をのぼる。きっと坂の上から見たら、みんな同じような顔で、同じような速度で、死人のように鬱蒼とした行軍をしていることだろう。たぶん、わたしもそうだ。否、そうだった、と云おうか。
 今、わたしには切り札がある。この苦行とも云うべき長い長い坂をのぼりきる、最強のジョーカーである。それは坂の上にある。いや正確には坂の上の、正門の門前で、「風紀指導」の腕章をはめ、毎日腕を組んで生徒らを待ちかまえている。
「あ、小野寺ちゃん、おはよーっす!」
「ちょっと吉浜さん! そういう云い方はやめなさいって云ってるでしょう!?」
 それはきっちりとスーツを着こんだ、小柄なくせに威圧感だけはたっぷりの、女性の姿をしている。
「えー? 先生ぇ、もっとくだけていきましょーよぉ」
「わたしはそういうのは嫌いなの!」
 フレームレスの細い眼鏡をかけた、切れ長の眼をキリキリ云わせながら口を酸っぱくしている彼女に目を付けられたくて、わたしは長い長い坂の憂鬱なゾンビを抜け出す。アア、『こころ』よ! 現在完了形よ! 三平方の定理よ! 今のわたしには、お前らなんか怖くもないんである。
 ……苦手では、あるのだけれども。




100226
先生の方がちんまいとかわいいと思われる