■ぞっこん


 新しい洗濯機を買いに行く、というのでついていくことになった。
 なぜ洗濯機を新調することになったかと云えば、壊れたからである。壊したからである、とも云う。彼女の方は壊れたと云い張っているけれども、壊れた、と云うには、ちょっとばかし一度に入れた洗濯物の量が多かった。
「やっぱさ、乾燥機付きのがいいかね」
 電化屋に向かう道すがら、となりを歩くわたしの腕に腕をからませながら、彼女は首を傾げる。まるでものすごく仲のいい友人同士のようだが、実はあまり仲がいいわけではない。というのは、付き合いはじめてからなんとなく思う。行きちがいもいろいろ、思いちがいもいろいろ、挙げ句にケンカもいろいろ、思いこみの激しい二人なのでいろいろあって、でもこういうことはなんとなくしてみたりする。多分わたしたちの仲は、さほど良くはないけれど、浅くもない。
「そりゃそうじゃないの。ていうか今までのが二層式とか、どんだけって」
「しょうがないじゃん、おばあちゃん家のお下がりだったんだし。よく今まで動いてたなって、あたしゃ感心してるところだよ」
「ああ、そういう」
 お下がりとなれば、通りで古いはずである。だがそれにしたって、その骨董品みたいな洗濯機にずいぶんと無茶をさせていたものだった。不精者の彼女は洗濯物を溜めこむ習性があるから(ちなみに食器の洗い物も溜めこむ)、週に一度二度、どっと洗濯カゴに溜めこんでいたものを洗濯機にぶち込む。それはまさにぶち込むと云わんばかりに、がんがんに、ぎゅうぎゅうに、放り込む。詰め込む。いつだったか風邪で寝込んだ彼女に代わって洗濯した際、ぎょろろろろろ、とおどろおどろしく回転する渦を見下ろしながら爆発でもするんじゃないかと危惧したものだったが、爆発する前にガス欠した。ぎょろんともぷすんとも云わなくなった洗濯機はただの古い、陽に灼けた白色の箱だった。止まる前、最後にボコッと大きな音を立てたそうだが、それはわたしは聞いていないので知らない。まるで世界が生まれそうな音だった、とただ一人その最後の声を聞いた彼女は述懐している。
「最近はドラム式とかいうのもあるらしいじゃん」
「あるある。ていうか最早主流じゃないの?」
「うおー、予算どうすべ」
「そりゃあんたが決めなさいよ」
「楽できるのがいいなー」
「じゃあお高いやつじゃない?」
「お高いのは困るよぅ。高いの反対。断固反対。アイアムノーマネー」
「じゃあきらめなさい」
 いくらの予算か知らないが、二層式でないのを買えれば、まぁいいだろう。不精者の上に無駄遣いも多い彼女の貯蓄は、実に心許ない。普段から節約しろと云っているのだが、まるで聞いていない。無駄遣いの結果の新商品のお菓子なんかをわたしもたまに分けてもらっているので、実はあまり強くも云えていない。
「どうすっかにゃあ…」
 悄然と肩を落として歩く彼女の、うなじの産毛に陽の光が反射している。そのうなじから背中へ至る線がわたしはとても好きで、猫背気味の彼女がこんなふうにちょっと背を丸めていると、恍惚してしまう。たまにがんばってまっすぐ伸ばしていても、やっぱり恍惚してしまう。そのやわらかい曲線は彼女自体ではないのだけれど、彼女がそれを持っているがゆえに、わたしは彼女を愛しているのかもしれない。と思う程度には、うっとりしてしまう。もし彼女以外の人間が、その曲線を有していたとしたら。彼女以上の美しい曲線が現れたとしたら。わたしは揺らぐかもしれない。揺らがないかもしれない。それはそのとき考えようと思っているので、常に棚上げだ。あるいは、永遠に棚上げでもいいかもしれない。
 わたしは彼女の身体の方へ、ちょっと重心を寄せた。
「ま、どんなのでもないよりはマシでしょ」
「そうだけどぉ」
 向こうも重心をこちらに寄せてきて、暑いのに暑苦しくなって、ぎゅうぎゅうで、まるでバカップルのようである。バカップルめいているので、わたしも思わず云ってしまうのである。
「いいわよ、あんまり溜めこんだらわたしがやったげるし」
「……まじで?」
 ぱあっ、と彼女の顔がかがやく。嫌な汗が、わたしの背中を伝う。
「って、最初からあてにしないでよ」
 と云ったのに彼女はすでに聞いていなくて、
「じゃあアレにしよう!」
 と向かった先がなぜか商店街の金物屋で、買おうとした品物が洗濯板だったときには思わずその頭を思いきりはたいていた。




100704
たまには砂吐きそうな話でも