■Lv. UP


「トイコさんってあれ似てるよね」
 ゲームに集中しているとばかり思っていたカズさんが不意に云うので、あたしはちょっと虚を突かれた感で「えっ」と声を上げた。その声に、カズさんが訝しげにDSの画面から顔を上げる。
「え、って何でそんな驚いてんの」
「いや、ちょっと、うん。びっくりしただけ」
「…ふぅん?」
 カズさんはあんまり信じていなさそうに云いながら、再び手元に目を落とす。そうして、あーあ、と小さくため息をついた。さっきから延々モンスターの落とすアイテムを求めて同じダンジョンをほっつき歩いているのに、相当なレアなもののようで、なかなか目当てのものは手に入れられていないらしい。あたしはRPGよりはちゃっちゃっと決着の着くアクション系とか格ゲーの方が好きなのだが、カズさんはこういう、作業じみたことが好きらしく、そういえば出会ったばかりの頃は部屋に行くといつもゲームばかりしていた気がする。良い暇つぶしになるから、と大して面白くもなさそうに日ごとピコピコ音を鳴らしていた。
 あたしは読み差しを装っている文庫本を裏っ返して床に置きながら、
「似てるって、何?」
 訊ねた。装っている、というのはぶっちゃけ本なんか読みもせずにぼんやりカズさんの横顔をながめていたからなのだが、そんなことしていると気取られるとカズさんはあからさまに顔をしかめて
「トイコさんキモい」
 だなんてひどいことを云ってくれた挙げ句に自分の部屋に帰っちまいそうなので、こっそりやっていた、という次第なのである。
「ああ、あれあれ。さっきテレビでやってたやつ」
「食堂で見てたやつ?」
「うん」
 相変わらずゲームに興じながらカズさんはあっさり云ってくれるのだが、さっきテレビで流れていたのは野生動物のドキュメンタリーではなかったか。人外か、あたしは。
「故郷はサバンナ?」
「あー、サバンナで良いんじゃない?」
「じゃない、って。じゃないって」
「良いじゃん、原産地アフリカ」
「産地…」
 うなだれるあたしのことなんか見向きもせず、カズさんはお目当てのアイテムに出会えない代わりに着実とレベルを上げていく。テレテッテー、と陽気な音楽が流れるわりに、眉間にちょっと寄せた皺が面白くなさそうだ。もっとも、普段からあんまり面白くなさそうな顔をしているから、初対面の時は怒っているのか、眠たそうなのか、ビデオの録画を失敗して落ちこんでいるのか、よくよく感情の読めない人だった(実際は腹を空かしていたのだったが)。
「で、何に似てるのって」
 最早人外とあらば何でもいいや、というやさぐれた気分であたしは訊ねた。でもサルとか牛とかブタ系だったらちょっとへこむかもしれない。いや大いにへこむ。小学生のころオランウータンに似ているからって「うーたん」と呼ばれていた男子がいたが、低学年の頃はみんな軽い気持ちで云っていたのに長じるに連れて本当に似てきてしまい、中学校に上がる頃にはいたたまれなさのあまり誰も云わなくなった、ということがあった。あたしもその類であったらどうしよう。でもカズさんはゴリラが好きとか云っていたから、霊長類ならアリかもしれない。でもトイコさんだからイヤ、とは云われそうである。
 カズさんはゲームをつづけたまま、
「キリン」
 ぼそっと云って、云ってから顔をこちらに向けた。
「いや、……アルパカ、でもいけるかな」
「どっちも首が長いィ」
「だから似てるって云ったんだよ」
 首だけかよ! 思わず突っこんだが、カズさんはきょとんとして、だって似てるよ、と譲らない。
「それじゃブロントサウルスとかもあたし似になっちまうぜ」
「恐竜は見たことないから知らないけど、どっちかっていうとトイコさんがブロントサウルス似なんじゃないの」
「ひでぶ!」
 カズさんは淡々と云って、DSの中の敵のみならず現実世界でもすっかりあたしのことをこてんぱんにのしてくださった。絶滅して久しい生きものに例えられたのは初めてである。ドードーとかステラーカイギュウよりはよかったかもしれないけれども。
「時々カズさんの美的センスを疑う…」
「なんで」
 カズさんはいささかむっとして様子でゲームを中断した。あれっと思う間もなくあたしの前まで来てどすんと腰を下ろし、たかと思うといきなり手を伸ばしてあたしの目尻を引っ張った。
「ほら似てる」
「……カズさん、見えない」
「ああ、鏡鏡」
「いやそう云うんじゃなくてね」
 すっかり視界が暗くなるくらい引っ張られて、それで似ているも何もないんじゃないかと思ったが、カズさんの口調が満足げなので、まぁいいかと思ってそれ以上は口答えするのは止めた。こういうところが惚れた弱みというのだろうか。と自分で思って照れた。ああ恥ずかしい、何歳だよあたしは。
 カズさんはしばらく人の顔を引っ張ったり縮めたりどさくさにまぎれてつねったりしていたが、そのうち飽きたようにぽいっと手を離した。挙げ句に、
「なんかやっぱちがうかも」
 と首をひねって云う。いや、最初からちがうって云ってたのに!
 顔の肉が伸びきったままの気がして泣きながらさするあたしのことを放置して、カズさんはまたゲームを再開する。少し経って、テレッテッテー、とまた陽気な音楽が鳴ったころ、
「……まぁ、トイコさんはふつうの顔が一番良いと思った」
 例の面白くなさそうな顔のままで云うので、聞きちがいかと思ったが、ハァ、とカズさんが云って損した、みたいなため息をついたので聞きちがいではないと知った。
「カ、カズさんはもっとわかりやすくデレてよ!」
「デレとか云うな」
 とは云っても眉間の皺が幾分和らいでいるのは事実であって、やはりあたしはそこはデレであるといいたいのであって、気分的にはあたしもテレッテッテー、という具合なのだった。


100323
後半書いてて恥ずかしさのあまりパソコン壊しそうになりました。ああ恥ずかしい!