■幕田さんと落合さん (6)


 そこは小高くなった台地の上にある、小さな公園だった。
 公園とはいっても遊具はブランコ二つきりで、あとは丈の低い草が所々に生えているばかりだ。広さは、うちの寮の敷地(二階建て1K十部屋)と同じくらいだろうか。隅にあるブランコの向こうは崖になっていて、その下にはまだ目覚めない町が森のように黒々と広がっている。時々白い光がちらちらと散っていて、新聞屋か豆腐屋だろうかと、わたしは冴えない頭で想像する。公園は入口にのっぽな街灯が一つあるきりで、そこから離れたブランコに町の方を向いて腰かけると、もうとなりのトイコさんの顔も判然としない。ブランコは硬く冷たく、尻から腰がぞぞっと一気に冷えきって、わたしはジャケットの裾をどうにか伸ばし伸ばし引っ張って尻の下に敷き、ブランコとの間にできるだけ距離を作った。トイコさんはペラペラのジャージにもかかわらず、平気な顔で無造作に腰を下ろした。ちょっと座ろう、と云ったのはトイコさんである。
 公園に着いたとき、余計寒いけどな、と云ったトイコさんの言葉通り、高台の公園は風がよく吹きつけて今まで以上に寒い。住宅街から頭一個分くらい高くなったここは、なにせさえぎるものが何一つないのだ。うひょー、とトイコさんでさえ手をこすり合わせて、
「こりゃひどい。寒すぎだ」
「誰のせい?」
「うむ、あたしかなぁ」
 トイコさんはうそぶいて、ポケットから取り出した煙草に火をつけた。ふー、とトイコさんが旨そうに吐きだした、その幽霊みたいな煙の行方をわたしは見るでもなくながめる。ちょうど風が弱まったので、煙は流れ去るでもなく、そこらにぼんやりと留まっているみたいだった。すると本当に幽霊みたいに人のかたちのようにも見えたし、アメーバみたいに意味のないかたちを成すようでもあり、まばたきの合間にもそのかたちは刻々と変わった。自分が吐く息も同じように白いのに、それはすぐにかき消えて、見えなくなってしまう。わたしはちょっとだけ、煙草良いなぁと思う。吸いたいとはまったくもって思わないのだけれど、煙を吐いてみたい、とは思うのである。両親を含めて今まで周囲に煙草を吸う人間がいなかったのでそんなことは思わなかったのだけれども、トイコさんと出会ってからは、煙を見るのがなかなか興味深い。ぷかー、と時々トイコさんが作る輪っかなんて、いつ見ても面白いと思う。トイコさんの方は、そんなに煙を面白そうにながめる子はカズさんしか見たことがない、よし君は今日から煙親善大使だ、などとのたまっている。
「今日もカズさんは楽しそうだな」
 飽きることなく煙をながめているわたしに、トイコさんも楽しそうに云う。
「楽しいのかはわからないけど、面白いよ」
「ふぅん」
 真面目に煙を追っていると、ちょっと寒さを忘れた。その隙を狙ったわけではないのだろうけれども、ふいにトイコさんが遠くを見ているような声で訊いてきた。
「カズさんは、春になったら出てくのか?」
「……うん?」
 思いがけない話に、わたしは思わずトイコさんの方を向いた。煙草をくわえているトイコさんの顔を、赤い小さな火がほのかに照らしている。実際トイコさんは遠くを見ているように黒い町並みに視線を投げていた。
「前から云ってたろ。三年になったら寮を出て、もうちょっとマシなアパートの住みたいって」
「あー…」
 そういえば、そんなことをたびたび口にしていたこともあった。でもまた何でそんなことを訊くのか、わたしは説明を求めるつもりでトイコさんを見たが、彼女は町の方を見つめたまま、くわえた煙草を揺らすだけだった。




100102
煙を見ていると楽しいんですが、いつの間にか口を開けてぼんやりしてしまうので、傍目に大層アレです