■幕田さんと落合さん (5)


 二人でワンカップを回し飲みして、少しく身体があたたまると、いこうか、と再びトイコさんは歩きはじめた。とはいえ、どこに向かっているのかは、云わないのでわからない。空き腹に酒を入れたせいでさっそく酔いの回りはじめたわたしは、わからないのも気にせずにぼんやりトイコさんの後をついて歩く。頭の働きが鈍くなっているのは自分でもわかるのだが、さてそれをどうにかしようという気は起こらない。ああ、自分は今、酔っているのだなと思う。
 酔いは顔にはほとんど出ないので、飲み会の席などではまわりはほとんどわからないらしいが、自覚はちゃんとあるのだった。酔っているのはわかっているくせに、酔っているから自制が利かず、まぁいいかと酒を入れてしまう。不味いかな、と思うのは最初だけで、そのうちふわふわして、気がつけばすっかり前後不覚である。わたしが酒に失敗したときというのは、たいていこのパターンだ。  今はワンカップだけなので、これ以上酔うことはないから、安心して酔いに身を任せていられる。でもそのうちさめるのがわかっている酔いというのは、少しさびしい。
 道もさびしかった。大学は街の中心からだいぶ離れたところにあったから、その付近であるところのこのあたりは低い山々に囲まれて、空き地や野っ原みたいな場所が多い。またそういう場所の植物が弱々しい風に吹かれて、静かにざわついている。時刻としては明け方に近いはずなのに、自分は今、朝から一番遠いところにいるんじゃないかという気がする。そんなさびしさが、道のそこかしこに満ち満ちている。
 坂に差しかかった。どうやら、高台に向かっているらしかった。相変わらずどこもかしこも暗いままで、上っているのに夜の底に下っているような気がする。
「トイコさん」
 呼びかけておいて、小走りに追いつくと横に並んだ。その勢いのまま、肩からとんとぶつかってやる。
「うおっ? なんだ、カズさん酔ったのか」
 普段はしないようなわたしの行動に呆れながら、トイコさんはぶつかられるのに任せている。
「朝から飲むなんて、初めてだったからだよ」
「男は度胸! 何でもためしてみるものさ」
「女だっつの」
「うん、知ってる」
 トイコさんは存外静かに云い、「これでも飲んでろ」と先ほどワンカップといっしょに買った缶コーヒーを寄越してきた。
「……冷めてる」
「酔いざましにはなるだろ」
「また寒くなるんじゃないの? こんなの飲んだら」
 たしか、コーヒーには身体を冷ます作用があるはずだった。こんな冷えきったコーヒーを飲めば、てきめんにその作用があらわれてしまうのではないだろうか。
 トイコさんはわざとらしく目を丸くして、
「ほう、それだけわかりゃ十分だな」
 感心したふうに云い、わたしの手からコーヒーを取り返すと一息に呷った。
「さみぃなぁ!」
「そりゃそうだよ」
 吐く息は白く、また反対に、吸うときには喉がぴりぴりと痛い。視覚的にも、感覚的にも、あまりにこの寒さは痛烈だった。
「ま、我慢してくれ。もう着く」
「……ここ?」
「ああ」
 余計寒いけどな、とトイコさんはにっと白い歯を見せて笑った。




091231
また雪が振りました。夜明け前は本気で寒いです