■LOVE! LOVE!! LOVE!!!


 時計を見ながらにやにやしていたら、いっしょに弁当を食べていたユキがえらい薄気味悪そうにこちらを見てきた。
「清住、キモい」
「キモいって何さ。こちとら楽しみでしょうがないっていうのに!」
 教室の正面、黒板の上にかかげられたアナログの丸時計は、チクタクと律儀に時を刻んでいる。お昼休みに入ってからおよそ十分、そろそろ職員室でも弁当が開かれている時間のはずである。
「ああ、マキちゃん喜んでくれるかなぁ…!」
 あたしは今日、ある教師にプレゼントをした。というより、事前に断りを入れたら容赦なく断られるであろうゆえに、問答無用で机の上に置いてきた。そこらにあったプリントの裏を使って『マキちゃんへ』というメモ書きまで大々的に置いてきた。他の先生方の目もある手前、そんなプレゼントを開けずにはいられまい、という考えからである。そのプレゼントを開けたときのマキちゃんの反応を想像するだに、わたしは身をよじってよろこびに浸ってしまう。
 あたしがプレゼントを贈った教師ことマキちゃんは、今年赴任してきた英語の先生だ。ちっちゃくて、茶色がかったきれいな長い髪をしている。顔も、よくできた人形みたいに整っている。でもその中身は実に感情表現豊かな方で、あたしは初めて授業を受けた日に、恋に落ちた。まさにあれは運命の出会いというやつにちがいない。
「あんた…また何かやらかしたの」
 ししゃもフライをがじがじ噛みながら、思い出に浸るあたしにユキが呆れたように失礼なことを抜かす。やらかした、とは何だ。全て愛のアプローチだ。
「ふふ…今回のはかなり傑作よ。あれはもう、イチコロだね!」
 イェイ! とサムズアップ。だって昨日の夜から仕込みをして、朝も五時に起きて準備したのだ。それだというのに、親友の態度はつれない。
「ご愁傷様だなぁ、マキちゃん」
「ご愁傷様とは何よ。あ、結婚式はあんたスピーチしてね! 仲人ね!」
「絶対行きたくない」
 おにぎりにかぶりつきながら、ユキが心底嫌そうな顔をした。そのときだった。どどどど、と地響きがしたかと思えば、すかさずスパーン! と教室のドアが叩き開かれる。
「清住どこじゃあああボケぇぇぇえええええ!!!!!!」
「マキちゃーん!!」
 もうわたしはすっかりだらしない顔になって(ユキに云わせれば、それはいつもなのだそうだが)、教室にずかずかと入ってくるマキちゃんをるんるんと出迎える。
「ね、今日のは最高だったでしょ!? あの愛!」
 と云い終える間もなく、勢いよくあたしの頭をはたいたのはマキちゃんの履いていたスリッパだ。背の低いマキちゃんはわざわざ跳び上がらないとあたしの頭には届かないのだが、英語教師のくせに驚異的な身体能力でもって、結構な距離から飛びかかるようにしてはたいてくれちゃうのである。
「阿呆かこのボッケナスがああ!!!! なんじゃありゃああ!!!!!」
「えー? ダメ?」
「ダメってレベルじゃねえ! 死ね!!」
 マキちゃんは一応教師なので、生徒にこういうことを云うのもどうかと思うのだが、一連の騒ぎを前にしても、教室のみんなは落ち着いたものだった。すっかり慣れているのだ。とは、前にユキに説明された。「あんたみんなに謝りなさいね。その存在自体を謝りなさいね。ていうか生まれたことを謝りなさいね」ついでに云われた。ユキはひどい友人だ。
 そのユキが、水筒のふたに注いだお茶をすすりながら
「で、今日はどうだったんです?」
 訊ねると、マキちゃんはもともと赤くなっていた顔を、さらに真っ赤にして云った。
「弁当があってな…」
「あんた、今日は弁当で攻めたの」
 ユキが半目でにらんでくる。マキちゃんにもにらまれ、えへへ、とあたしは照れ隠しに頭を掻いた。
「今日のは力作でね。散らし寿司なんだけど、ちゃんとあたしの顔も作っておいたの」
「ハート付きでな」
「うわぁ…」
「だって、ほら!『あたしを食べて! イート・ミー!』ってやつで!」
「死ねボケがああああ!!! あんなもん他の先生たちにどう思われたかしれんだろうが!!!!」
 ばちん! と今度はスリッパが顔面に飛んでくる。もう、マキちゃんったら照れ屋さん!
「先生、お疲れさまです。クッキーあるんですけど、いりますか」
「おお、すまんな田代。つかこいつ、ちょっと地獄落としてくんね?」
「わたしじゃ無理です。こいつバカなんで」
「そうか…そうだよな…」
「です」
 ふたりして、しみじみとおやつ用のクッキーをかじっている。ていうかそれ、あたしの買ってきたやつだし!
「ちょーっとあんたらひどくない!? あたし何なの? マキちゃん専用愛の伝道師・清住さんだよ!?」
「もうお前帰れ、本気で」
 マキちゃんはげんなりと肩を落としながら、ぺちり、とあたしの腹のあたりをはたいていったが、三回目の今度はあんまり痛くなかった。
「いや、マキちゃんとの愛を成就させるまでは帰れねっす。あたし本気っす」
 鼻息荒く云うあたしに、マキちゃんは、ハァ、と重たい息を吐いた。
「おまえはほんとに…まぁ、不味くはなかったけど」
「あ、もう食べてくれたの!?」
「一口だけな」
 お前もうちょっとマシな人間になれよ、と励ましなのか暴言なのかわからない言葉をかけて、マキちゃんは来たときとは反対に、静かに教室を出ていった。わたしはもうなんだか胸がいっぱいで、ぼんやりと立ちつくしてしまう。マキちゃんはこんなだから、大好きにしかなれない。
 あーあ、と残ったクッキーをぼりぼりかじりながら、ユキが肩をすくめる。
「マキちゃん何だかんだ云って甘いんだよねえ。どうせ全部食べてくれるんでしょ」
「見込みあるってことだよね!」
「いやねえよ」
 親友のツッコミはあくまで冷たい。だけど、それはあたしを燃え上がらせる要素にしかならない。
「ふふ…弁当は我ながらナイスだわ。効果的な作戦としてこれからも使えそうね。そしてゆくゆくは、ラブワイフ弁当になるのよ!」
「ならねえよ」
「待っててね、マキちゃーん!!」
 感情が高ぶるあまり、思わず窓の外に向けて叫んでしまう。すると向かいの職員室の窓ががらっと開いて、
「清住るせぇぇぇ!!!!」
 マキちゃんが、怒鳴り返してきた。もう、以心伝心ってやつだね!




100509
年の差モノを書こうと思ったらこんなことになっていた
おばかな子の暴走ぶりは書いてて楽しいです
ちなみにマキちゃんは某話のマキマキです